経験・知恵

そもそも高校には行かないって、母に話していました。

こんにちは!前回のブログでは小・中学校時代の話を書きましたが、実はいくつか書いていなかったことがあります。一つは私が幼い頃両親は離婚し、中学1年生の頃に創業者の祖父が亡くなりました。一家の中の男性では私が最年長になってしまいました。もともと会社の2階が自宅だったので私が小さい頃はほとんど毎日の様に、メーカーの営業さんや、祖父の商売仲間さんがご飯を食べてお酒を飲んでいく家でした。私もそんなお客様の横でドラえもんを見ていた記憶があります。そんなお客様には毎日の様に「後継ぎ」と言われていました。意味はよくわからないけれど、なんかそういうのになるんだなって思ってました。祖父が死んだ時、多分その言葉が自分にスイッチを入れたんだと思います。別にそんな事を気にする事ないのですが、当時の私は重く受け止めていて、自分の力でメシを食っていける様にならなきゃという気持ちが芽生えていました。

中学2年生か3年生の時に、母に中学校を卒業したら高校に行かずに働きに出たいと言ったことがあります。母に何馬鹿なこと言ってんだと、いける状況があるなら行きなさい。という様な事を言われたと思います。まぁ、それもそうだなと思いましたが、「自分の力でメシを食える様になりたい」今だにそのマインドは強く私に残っています。

さて、高校に入学するにあたって何かにチャレンジしたいという気持ちが大きくなっていた僕です。入学式の後、初めてクラスに集まって担任の先生からのお話の中でホームルーム委員長(学級委員長)というのをまず最初に決めるという話がありました。もう、自分にとってはこれだ!と直感して、コンマ1秒でハイっ!と手をあげた事を覚えています。同級生は衝撃だったらしく、1年生の前半のニックネームは委員長でしたw

2年生の頃に、生徒会の顧問だったS先生(当時まだいた竹刀を持ち歩く先生w)に、楠本は生徒会を手伝え。と言われ、陸上部が・・・というと、俺が陸上顧問のN先生に話しておく。の一言で生徒会入りが決定^^;この年の生徒会が本当に勉強になりました。また、本当に忙しかった。

ちょうど私の母校は1年生の時から新校舎を建設が始まり、3年生に上がる時に新校舎に切り替わりました。なので、この年の生徒会は旧校舎のお別れ会や、新校舎の落成式、OBOGを招いての式典などなどなど毎月1個はイベントがあるんじゃないかというほど沢山あり、毎日夜10時頃まで学校に残って作業をするのが当たり前の一年でした。母からは「まるで会社に行ってるみたいだねw」と笑われていました。忙しい中で必死で頑張っていると、同じ生徒会の仲間が本当のチームになってきます。この時の経験で「イベント」の面白さや喜びを知り、将来はイベント業界へ進む事を考え始めました。

ちなみに、大学に進学する時も母に「大学は行かないで、東京に行ってイベント業界に就職したい」と言っていたそうです。「大学でできる経験は、この先社会人になっても経験できない事だから行きなさい。」と、今度は祖母が言ってくれたと思います。そんなこんなで怒涛の高校時代が幕を閉じるわけです。

そして、次回は大学編。この大学時代は私の人生で唯一がんばりすぎて、倒れて10日間ほど入院したという記録を持つ時代です。お楽しみに!多分一話じゃ終わりません笑

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